トホホなお買い物ランキング

 地方私鉄の車両増備の中心は、今も昔も、大手私鉄などで活躍した車両の中古車が中心になっています。
 中古車とはいえ、車両への投資は決して安いものではないため、検討に検討を重ねた結果行われるものと思われますが、それでも中には、後から考えれば明らかに購入が失敗だったと思われる事例、
そもそも購入動機が謎の事例も存在します。ここでは結果的に「トホホ」な状態になってしまった中古車を、エピソードを交えて紹介します。
 一応ランキングとしており、順位もつけていますが、あくまでも作者の主観によるランク付けのため、順位には余りこだわらずに、知られざる迷車のエピソードを楽しんでいただければ
と思います。
(注)
・順位はあくまでも作者の「主観」です。
・今回のランキングの対象は、他社から購入した車両に限定しています。
・入線、廃車時期は、同形式が何両も入っている場合には、特に車番を特定していない限り、最初の車両の入線と最後の車両の廃車を示します。
順位 事業者名 形式-車番 前所有者 形態 分類 入線 廃車 エピソード・寸評
1 野上電鉄 元水間鉄道
500形
電車 入籍せず 野上電鉄が旧型車の置換用に購入したものの(そもそも車齢60年になろうという電車を、老朽置き換えに購入しようと思うこと自体がどうかと思う)、自重が重すぎて、モーターを2個外したとても、老朽化した鉄橋がとても耐えられないことが「購入後」に判明するというトホホぶり。結局入籍することなく、さらには路線自体がなくなってしまったという。
2 土佐電気鉄道 プラハ市電
ウィーン市電
ミラノ市電
路面
電車
入籍せず 土佐電では90年代のひところ、世界の路面電車計画をブチ上げ、外国電車を続々デビューさせていた時期がありましたが、経営が傾いてしまったことで計画は中断。整備してデビューさせるつもりで購入していたこれらの車両は陽の目を見ることなく、長期間放置された後、解体されてしまいました。日本を走るタトラカーやピーターウィットカーが実現したら面白かったのですが・・・。
3 大井川鉄道 3000形
(元小田急3000形)
電車 1983.3 1992.3 動態保存を兼ねて、小田急SE車3000形の、しかも記念すべき狭軌速度記録のタイトルホルダーたる第一編成を購入し、ロマンス急行「おおいがわ号」として颯爽とデビュー。しかし小型連接車とはいえ、田舎電車に5両編成は明らかに輸送力過剰で車内には閑古鳥が鳴く結果に。かといって改造経費が嵩むため編成短縮も行われず、4年で運用を外れて放置の末、廃車解体されてしまいました。こんなことなら手元に置いておけばよかったと、小田急電鉄の関係者はさぞや臍をかんだことでしょう。
4 弘南鉄道 モハ1530
(元南海1521系)
電車 1996 2004.9 もと南海1521系で入籍した仲間は8両。東急からのステンレスカーであらかた車種統一された後に入線した、寒冷地に向くとも思えない4扉の、しかも時代遅れの釣掛電車ということで、のっけから地雷臭しかしませんが、案の定はじめの数年ラッシュにちょろっと走っただけで、後はほとんど車庫の肥やしになり果てました。そんな一族中でもこのモハ1530はとりわけ稼動率の低かった車両で、ほんの数回しか動かなかったのだとか。
5 鹿児島市交通局 701AB〜704AB
(元大阪市3001形)
路面
電車
1966 1994 もと大阪市電の和製PCC車3001形を購入して連接車に改造したもの。4両購入して4組の連接車を・・・って車体足りませんか。と思いきや、2組分の車体は、そっくり同じものをナニワ工機で新製。3001形の車体なら他にいくらでも余っていたのに、なぜそこにお金をかけるのか理解不能。おまけにモーター数は、単車時代と同じだったため、車体が倍増した分だけ非力な電車になり、乗務員には嫌われたのだとか。そこはお金をかけようよ。と、いうことで明らかにお金のかけどころを間違った迷車ですね。
6 豊橋鉄道 7300系
(元名鉄7300系)
電車 1997.7 2002 渥美線の1500V昇圧時に雑多な在来車を総取替えすべく購入した名鉄7300系。同時にスピードアップを伴うダイヤ改正を行ったところ、二扉車のため乗降に時間がかかり、元来が高速電車のため加速性能も悪く、結局遅延が多発してしまい、すぐにもとのダイヤに戻さざるを得なかったというトホホぶり。大半の車両は3年程度で東急からの譲渡車と交代してしまいました。
7 阪堺電気軌道 251〜256
(元京都市1800形)
路面
電車
1978 1995 もと京都市電1800形。しかし京都の街をのんびり走っていたこの車両では、専用軌道が多く、高速走行を志向する阪堺線には向かず、デビュー早々ラッシュ専用車になり、本来当車で置き換えるはずのモ205形の一部に泣く泣く延命工事をせざるを得なかったというトホホぶり。末期は一年に一回、阪堺線電車が総動員される住吉大社への初詣輸送くらいしか動かなかったそうな。
8 福井鉄道 モハ601・602
(元名古屋市
1100・1200形)
電車 1997 在籍中 元名古屋市交通局名城線の車両。在籍車両のほとんどが2両固定編成にもかかわらず、わざわざ両運転台に改造したあたり、すでにデビュー前から死亡フラグが立った感じ。しかもなぜかジャンパ栓を装備しなかったため、多客時に2両連結での運用もできないというトホホぶり。結局デビュー当初から、定期運用は平日朝に片道運行するだけ。数年でその運用もなくなり、出番は居酒屋電車などのイベントのみに。目立った活躍もなく、601号はとうとう今年になって廃車されてしまいました。
9 南部縦貫鉄道 キハ104
(元国鉄キハ10形)
気動車 1980 2002 もと国鉄キハ10形。レールバスを中心に運行していた南部縦貫鉄道がラッシュ輸送のため購入した車両ですが、過疎化が進みラッシュという現象もなくなると、燃料費の嵩む当車はひたすら昼寝の毎日。その収容力がいかんなく発揮されたのは、廃止が決定し、押し寄せる葬式鉄をさばく時だったという、笑うに笑えない逸話も。
10 花巻電鉄 キハ801
(元遠州鉄道キハ1804)
軽便
気動車
1966 1972.2 電化私鉄である花巻電鉄になぜか入線した、遠州鉄道奥山線で活躍した気動車。鮮やかな黄色に塗られた車体色が目立つものの、路線での存在感は皆無で、走行写真を見たことがありません。一応コカコーラの広告車になっていたようですが、全く走らないようでは、広告効果など無いに等しく、スポンサーとの契約がどうなっていたのか、この車両の写真を見るたび、いつもそれが気になります。
11 磐梯急行電鉄 キハ2401・2402
(元仙北鉄道2400形)
軽便
気動車
1968.3 1969.3 その風呂敷の広げっぷりが、一部マニアに大ウケの田舎の「非電化」軽便鉄道、磐梯急行「電鉄」が最晩年に仙北鉄道から購入した車両群。購入後一時期は主力として活躍したそうですが、それもつかの間、わずか半年後には路線休止、そのまま再起することなく翌年に廃止されてしまいました。完全に先が見えている状況下で、そもそもなぜ車両を購入しようと思ったのか動機が謎。
12 上田交通 モハ5261・クハ261
(元長野電鉄100/200形)
電車 1978 1986 もと長野電鉄モハ102・201。長野市内の路線地下化に伴い余剰となったものを1978年に上田交通が購入と書けば、購入の経緯としては普通なのでしょうが、この車両なんと1926年製ですよ。購入時点ですでに車齢52年で上田交通最古の車両という、人間社会における中途採用でも、なかなかお目にかかれないシチュエーションが起こっています。この車両より若くて程度の良さそうな車両はいくらでもあったのに、なぜあえて大正生まれのオールドタイマーを購入したのか。謎です。
13 紀州鉄道 キハ605
(元岡山臨港鉄道キハ1003)
気動車 1984.10 2000.1 予備の予備として、廃止になった岡山臨港鉄道から購入した車両です。15年間一度も営業運転に使用されず廃車になったという究極のニートレイン。この車両が使用されるときは、故障が立て続けに起きるような非常事態以外ありえないため、使われないことは、無駄な買い物というより、かえってよかったとも言えるでしょうか?まさかの時の保険のようなものですね。
14 玉野市営鉄道 クハ201
(元野上電鉄クハ102)
電車 1962.4 1962.12? 野上電鉄から購入した車両。玉野市営の古い写真を見ると、たいてい「こいつ」が側線で荒廃している姿が記録されていますが、動いている写真は見たことがありません。そもそも一度でも使われたことがあったのでしょうか。路線の気動車化後も残っていたようですが、軽そうな車体だし、トレーラーとして使う計画でもあったのかな。
15 南阿蘇鉄道 MT2105
(元国鉄キハ52形)
気動車 1987 1993 南阿蘇鉄道は国鉄からの転換当初、3両の気動車を新製して用意しましたが、さらに予備車として転換翌年にJRから購入したのが「こいつ」。このコーナーでも何例か紹介した、いわゆる「保険車」ですね。当時の最大運用両数が3両なので、新型車が検査にあたったときには、それなりに出番があったはずなのですが、なぜか走行写真は全く見当たらない謎車両であります。「こいつ、動かないぞ」
16 弘南鉄道 モハ110
(元上田交通5360形)
電車 1972 1980 上田交通から購入した車両で、さらにその前歴は東武野田線の前身、総武鉄道まで遡れる車両。弘南鉄道大鰐線は、前身の弘前電鉄時代から、秩父(106・107)・京急(108)・小田急(201)と、とにかく手当たり次第車両をかき集めている印象ですが、その究極がこの車両。何も地方私鉄で使い古した車両を購入しなくてもよいのではないかと素人目にも思うのです。この車両も、走行中の写真を見たことがありません。
17 近江鉄道 モハ133・134
クハ1216・1217
(元西武241系)
電車 1958 1969 もと西武のモハ241・1241形。オリジナルの姿が上端にRのついた幅の広い窓を持つ、優美な二扉車です()。しかし、後に誰が見ても無理やりな三扉化工事を行った結果、車体の老朽化が進み、近江鉄道が購入したときにはほとんど使い物にならない状態だったのだとか。この不安定なデザインを見てください()。結局大して働かないまま姿を消してしまったそうです。
18 野上電鉄 デハ51・52・クハ201(元阪神861形) 電車 1965.6 1974.5 特徴的な貫通扉の形状から喫茶店と呼ばれた、もと阪神電鉄861形。ただ機器が不調続きで、消費電力も大きく、他車と混結できないなどの不具合から、早々に使用されなくなったそうです。エピソード的には、いならぶ迷車に比べると若干弱いので、順位はこんなところ。
19 伊予鉄道 81
(元南海和歌山市内線320形)
路面
電車
1971 1987 もと南海和歌山市内線の324号。自社発注車やスタイルや性能が自社発注車とほぼ同じ元呉市電が占めるラインナップ中に、なぜ縁もゆかりもないこの車両を、しかもたった1両だけ入れようと思ったのか、大いなる謎です。結局取り扱いが異なる点が多いことが仇となって、まま子扱いに終始して、冷房改造もされずに早期に姿消してしまいました。
20 大井川鉄道 元西武E31形 電気
機関車
2014年12月現在
入籍せず
蒸気機関車の後押し用に絶賛活躍中の車齢60年になろうという在来電気機関車の置き換え用に2010年に西武鉄道から購入したもの。実際に運用するにはATS取り付け等の改造が必要ですが、経営が青色吐息の状態では改造費用の工面もままならず、購入から4年近く経過しても放置されたままの状態が続いています。このまま腐らせてトホホな買い物となってしまうのか、それとも逆転復活の目はあるのか。