21系客車は、国共内戦終結後、中華人民共和国(以下中国)として初めて中国自前で設計、製作した客車です。中国製の客車としては、それ以前に1949年〜54年にかけて青島の四方工場で製造されたYZ4形がありましたが、これは戦前の輸入客車の設計をそのまま流用したものであり、生産両数もわずかなため、本格的な量産型客車としては21系が初となります。
製造初年は1953年。外観は、窓下部にウインドシルという補強用の帯板の入った古めかしいスタイルで日本の戦前形客車にそっくり。また、日本の客車によく使われているガーランド式の通風器を採用しており、設計にあたっては満鉄形客車の影響を強く受けています。設計最高速度は80km/h〜100km/hと後の客車に比べてやや遅め。ただ蒸気機関車牽引列車がほとんどの当時としては、必要にして充分の性能です。
車体寸法は、車体長21974.5mm、車体幅3004mmと、次世代の標準型客車22系に比べるとやや小さめ。全国統一規格の標準型客車ということで、硬座、硬臥、軟臥、餐車、行李車、郵政車など、軟座を除く、ほぼ全ての車種が製作されました。また、21系は中国で第一世代にあたる標準型客車ということで、車内設備に関しては、その設計の多くが後の世代の客車に引き継がれています。
例えば、硬座車でいえば、座席は通路を挟んで2-3人がけのクロスシート(※製造初年の1953年製作車のみ2-2人がけ)洗面台を一両に一台設置、トイレは一両に二箇所設置、乗務員室を一両に一室設置するといった客室の基本設計は、車体は変われど今の客車にも共通ものです。
また1957年製造車からは、ソ連(当時)の技術を採用した軽量化タイプの車体をもつ客車も登場しました。薄い鋼板を利用して側面に補強用のリブを入れ、従来構造の車体に比べ約10%の軽量化を測った特徴的な軽量化車体は同時期に登場した標準化客車の決定版22系にも採用されています。
21系は1961年に生産停止になるまでに約3000両が製作されて、全国の鉄路局に配置投入され、当時満鉄や華中鉄道などから引き継がれていた雑多な車輌群で占められていた中国客車の標準化にある程度の貢献しました。しかし、全体的に粗い造作だったため退役も早く、90年初頭までに、そのほとんどが国鉄線上から姿を消しています。現在では、ごくわずかな両数が事業用車や倉庫として車庫の片隅に放置されているに過ぎません。